2008年08月23日19:45







"他者なんて所詮、俺の意識の中の他人としての俺に過ぎない。現実に予想のつかない容姿や人格をもった人間なんぞに会った経験はない。あくまでも思考可能な範疇。決まり切った紋切り型の会話を投げてやれば、定石通りのリアクションが返ってくる……壁が相手のキャッチボールの方がまだ、新鮮な驚きに満ちている……。
―中略―
男は外に出れば常に十人の敵がいると思え。最早、十人も百人も五十万人も変わりはしない。要するに、手っ取り早く自分以外の人間は皆どこかへ行っちまえばいい。いちいち白痴みたいなフリをしていては何もできないじゃないか。そもそもそんな態度では物好きな介護婦以外、誰もまともにとりあってくれる筈がない。そりゃ、中には酷いやり方でジワジワと殺したくなるような頭にくる輩がいることはいるが……。とにかく敵味方含め、ただただ俺の目の前から消滅して欲しいと祈るばかりなのだ。しかし、ただ馬鹿正直に祈るだけでは当然駄目だ。
例えば銀河系の彼方に向けて人類の滅亡願望をアピールするメッセージを、世界の他の人たちの意見も聞かずに黙って勝手に発信するプライベート巨大アンテナの建設計画を、本気でなくてもいいから壮大に構想することを多少は前向きに検討しなければ……。でも結局、あてもなく誰もいない宇宙なんかへメッセージを発信するなんていう育ちのいい子供の考えるような呑気な行為は所詮、死んだ神への神聖な祈りと何ら変わりはない。そんな夢のあるような遊び心なんかとっくに持ち合わせていない。
この宇宙的な規模の憎悪がピッタリとくる、パズルの一片はどこかに落ちていないのか。ああ、それを探しに気球にでも乗ってのんびり旅をしたい…… あくまでも隠密な旅でなければなるまい。俗人が密かに羨むような、スピリチュアルなお忍びの旅にしたいのである。目立とう精神の特権意識丸出しの態度で気球に乗るのは、まるで精神を病んだ挙句に脱サラした〈自称夢追い人〉のような、この世界で闇雲に自由を求めてる潔くない人間みたいで恥ずかしいじゃないか。
だが、どうしても乗らなきゃいけない場合には、気球の柄や自分の衣装を精巧に描かれた青空の模様にしようか。気球が背景の本物の空に溶け込んで、カメレオンのような効果のお陰で誰にも見つからないと思うからだ。それよりも、何としても気球を入手することが先決なのだ。―以下略"



            中原昌也"あらゆる場所に花束が"より抜粋